2005年05月08日

タイで見る太平洋戦争の被害

太平洋戦争開戦(1941年12月8日)前の日本軍タイ進駐作戦を解説したページが清水英明さんのHP「メコンプラザ」にあります。一昨日の第2次世界大戦義勇兵記念塔を理解するのに役立つ内容です。チュンポンの第2次世界大戦義勇兵記念塔に興味をもたれた方は読んでください。清水英明さんのタイ進駐作戦を解説したページを読むと、日本軍が上陸したチュンポン等のタイ南部では日タイ両軍間で戦闘が行われているのが分かります。

太平洋戦争の最中や、終戦間際に軽蔑されるような行為を日本兵がタイの現地人にしたかどうかについては、アジア戦略協会のHP記述があります。

この他に、クンユアム旧日本軍博物館のHPも見ておく必要があると思います。このHPによると、タイ北部に進駐した日本軍はカンチャナブリの戦争博物館に出てくる日本軍とは違ったようです。

しかし、「タイで生活して気づいたこと2(タイ人の英語の発音2)」で紹介した、チェンライ在住の鈴木さんのHP「ランナータイ」の「歴史編チエングライの日本軍」を読みますと、日本軍の爆撃機がタイの街道沿いの村々を爆撃したこともあったようです。

posted by 世界知ったかぶり at 07:12 | Comment(1) | TrackBack(2) | タイの歴史
この記事へのコメント
お邪魔します。戦争に関する情報ありがとうございます。

上記記事の「日本軍の爆撃機がタイの街道沿いの村々を爆撃した」というお話なのですが、その記事を読む限りでは、これは連合軍による爆撃としか考えられません。

これは勿論、日本軍がタイに問題のある行為を一切しなかったという意味ではありませんが、少なくともこの爆撃に関しては、日本軍がやったことではないということです。

引用元のサイトが5年前から更新が停まっているので」、こちらに書きこませていただきます。
Posted by 焼きそうせいじ at 2011年01月19日 08:41
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